大数の法則とは何か
本題に入る前に、「収束」という言葉そのものを確認しておきたい。数学で「収束する」とは、試行回数などを増やしていったとき、ある値との差が限りなく小さくなっていくことをいう。途中でその値にぴったり一致する必要はなく、差が限りなく小さくなっていくこと自体を収束と呼ぶ。この記事で扱う大数の法則も、この意味での収束の一種である。
「期待値とは何か」の記事で、「参加料100pt・1/6のサイコロで1の目が出たら賞金600pt」というゲームを扱った。このゲームの期待値はE(X)=100ptだったが、記事の最後で1つの疑問を投げかけたまま終えていた。何回このゲームをプレイすれば、実際の平均が100ptという数字に近づいていくのか、という疑問である。
1回ごとの結果は0ptか600ptのどちらかしかないため、平均値が取りうる数字にも制約がある。ただし、ここでは細かい値そのものよりも、「試行回数が増えるほど平均が期待値へ近づく」という流れに注目してほしい。
・10回時点:3回当たり、平均180pt(期待値との差+80pt)
・100回時点:14回当たり、平均84pt(期待値との差-16pt)
・10,000回時点:1,672回当たり、平均100.3pt(期待値との差+0.3pt)
これはあくまでシミュレーションの一例であり、毎回このとおりの数字になるわけではない。試行回数を増やすたびに必ずこの範囲に収まる、という意味ではなく、傾向として、試行回数が少ないうちは平均が大きくブレやすく、試行回数が増えるにつれてそのブレ幅が小さくなりやすい、ということを示している。
図1:試行回数と平均収支の推移(イメージ)。横軸は対数目盛。序盤は大きく上下にブレながら、回数が増えるにつれてブレ幅が小さくなりながら期待値100ptのラインに近づいていく。実際のシミュレーション結果は毎回異なる。
このように、試行回数を重ねるほど、実際の平均が期待値という1つの数字に近づいていく現象を、大数の法則と呼ぶ。
- 大数の法則
- ある試行を独立に繰り返すとき、試行回数を増やすほど、実際の結果の平均が、傾向としてその試行の期待値に近づいていくという法則。
ここで、期待値を表す記号について1つ整理しておきたい。期待値とは何かの記事ではE(X)という書き方をしたが、統計学ではこの「理論上のゴールとなる平均」を、μ(ミュー)という記号で表すことも多い。μは母平均とも呼ばれるが、指しているものはE(X)と同じ数字である。
これに対して、実際にプレイして得られた平均の方は、X(エックスバー)という記号で表される(統計学ではこれを標本平均と呼ぶ)。先ほどの例でいえば、「10回時点の平均180pt」がXにあたる。大数の法則とは、試行回数を増やすほどXがμに近づいていく、という法則だと言い換えることができる。
- μとX
- μ:理論上のゴールとなる、その試行を無限に繰り返したときの平均(=期待値E(X))。X:実際に有限回試行した結果から計算した平均。試行のたびに値が変わりうる。
この2つの記号の区別は、この記事だけでなく、今後の統計の教室の記事でも繰り返し登場する土台になる。なお、これ以降の章では、期待値E(X)やμのことを、分かりやすく「理論値」と表現する場面もある。
「収束は埋め合わせではなく希釈である」
大数の法則という言葉を聞くと、しばしば次のような誤解が生まれる。「外れが続いたなら、そろそろ当たりが来て帳尻が合うはずだ」という考え方である。この誤解にはギャンブラーの誤謬という名前がついている。
- ギャンブラーの誤謬
- 独立な試行において、それまでの結果が偏っていたことを理由に、次の結果がその偏りを打ち消す方向に起こりやすくなると考えてしまう誤解。
「確率とは何か」の記事の乗法法則のところで、独立試行について次のように説明した。同僚とじゃんけんをして10連敗していたとしても、今日のじゃんけんの勝率が変わるわけではない、という話である。これは大数の法則についても同じで、サイコロが5回連続で外れたからといって、6回目に当たりが出やすくなるわけではない。サイコロには記憶がなく、6回目はあくまで1/6のままである。
ここが一番誤解されやすいところだと思う。「大数の法則で平均に収束する」と聞くと、まるで足りない分を後から埋め合わせてくれるかのようなイメージを持ってしまう。しかし実際に起きているのは、埋め合わせではなく、希釈である。
ホールでよく見かける光景で考えてみたい。合算確率がおよそ1/120〜1/170程度のAタイプの台を見て回っているとき、その日の総回転数2000Gで、BBが2回・RBが1回、合計3回当選している台があったとする。
2000G時点:BB2回+RB1回=計3回当選 → 実際の初当たり確率は2000÷3=1/666.7
(厳密には、これは確率ではなく観測された結果から計算した「頻度」だが、以下では慣例に従い「実際の初当たり確率」と表記する)
これを見て、「今日この台は当たりが少ない。ということは、そろそろ確率が収束してこれから当たりやすくなるはずだ」と考え、この台に座る、という人がよくいる。
こういう知人には「収束するのは次の当たりやすさではなく、累計で見た実際の初当たり確率なんだよ」と説明するようにしているが、この「収束していく」の中身を、数字で具体的に追ってみる。
では、このまま試行を重ねればスペックどおりの1/170に、素直に一直線で近づいていくのだろうか。ここで、同じ2000G・3回という、大きく下振れした3台を、そのまま8000Gまで追いかけてみる。
※これは収束のイメージを説明するためのシミュレーション例であり、実際の当たり方は毎回異なる。特定の周期や法則性を示すものではない。
| 総回転数 | A台(累計・実際の初当たり) | B台 | C台 |
|---|---|---|---|
| 2000G | 3回(1/666.7) | 3回(1/666.7) | 3回(1/666.7) |
| 4000G | 13回(1/307.7) | 10回(1/400.0) | 8回(1/500.0) |
| 6000G | 26回(1/230.8) | 22回(1/272.7) | 18回(1/333.3) |
| 8000G | 43回(1/186.0) | 38回(1/210.5) | 34回(1/235.3) |
図2:収束には決まった道筋はない(シミュレーション例)。A・B・C台とも2000G時点の1/666.7から出発し、それぞれ異なるペースで設定1の理論値1/170に近づいていく。一直線に同じ経路をたどるわけではない。
この3台は、すべて同じ設定・同じ理論上の初当たり確率(1/170)を持つモデルである。それでも、そこから先の実際の初当たり確率の推移は、台ごとにまったく違う経路をたどっている。A台は比較的早く1/170に近い値になった一方、C台は8000Gの時点でもまだ1/235.3と、理論値からやや距離が残ったままである。
大数の法則は、「どのような道筋で近づくか」を保証する法則ではない。保証しているのは、「試行回数を十分重ねれば、累計で見た実際の値が理論値へ近づいていく」ということだけであり、8000Gという時点で打ち切っても、3台とも1/170にぴったり一致してはいない。つまり、収束とは「未来が補正されること」ではなく、「過去を含めた平均値が少しずつ理論値へ近づいていくこと」である。
- 希釈(大数の法則における)
- 初期のズレそのものが消えるわけではない。一方、そのズレが平均値に与える影響は、試行回数が増えるほど小さくなっていく。
ここで収束しているのは、あくまで「実際の初当たり確率(比率)」であるという点に注意したい。上の表を見ると、A・B・C台の当選回数そのものの差は、2000G時点では3回・3回・3回で差がゼロだったのに対し、8000G時点では43回・38回・34回と、むしろ差が広がっている。試行回数を重ねても、回数の差(絶対的なズレ)が縮まるとは限らない。縮んでいくのは、その差が全体の比率に与える影響の大きさだけである。
ホールでは「今日は当たりが少ないから、そろそろ収束して当たり始めるはずだ」という判断を耳にすることがある。しかし、大数の法則はそのような判断の根拠にはならない。大数の法則が保証しているのは、次の1000Gや2000Gが当たりやすくなることではなく、十分な試行を重ねたときに、累計の実際の値が理論値へ近づいていくことだけである。大数の法則を根拠に凹み台を狙うのであれば、それは大数の法則の使い方を取り違えている。その判断が合理的かどうかは、「そう感じる」ことではなく、確率や期待値、解析情報といった数字に基づいて判断する必要がある。本サイトでは、このように「経験則」ではなく「数字に基づいて判断する力」を身につけることを目指している。
しかし、大数の法則だけでは、「どのくらいブレやすいか」までは分からない。
大数の法則が保証しないもの
第2章では、「収束=埋め合わせではなく希釈である」ということを見てきた。しかし、それでもなお、「では何回くらいで収束するのか」「どれくらいブレるのか」という疑問は残るだろう。大数の法則は非常に強力な法則である。しかし、実際に保証していることは、意外なほど少ない。大数の法則だけでは、次のようなことは分からない。
- 何回試行すれば十分収束するのか
- どのような道筋で近づいていくのか
- ある時点で試行を打ち切ったとき、理論値からどれだけズレているか
- どのくらいブレるのか
期待値とは何かの記事で扱った、参加料100pt・1/6のサイコロで賞金600ptというゲームに戻って考えてみる。この記事の第1章で見たとおり、10回時点では180ptという平均になることもあれば、100回時点で84ptになることもあった。大数の法則は「回数を重ねればいずれ100ptに近づいていく」ことは保証するが、「何回やれば何pt以内に収まるか」という具体的な見通しまでは、何も教えてくれない。
期待値100ptのサイコロゲームを、100回だけプレイして終えた場合と、10,000回プレイして終えた場合を比べる。大数の法則は「試行回数を増やすほど、平均が100pt付近になる傾向を示す」ということは保証するが、「10,000回プレイすれば必ず99〜101ptの範囲に収まる」というような、具体的な範囲・回数の基準までは何も示さない。
つまり大数の法則は、「平均は近づいていく」ということだけを述べる法則であり、その近づき方の速さや荒さ、途中経過での予測可能性については、何も語っていない。
では何がブレを決めるのか
ここまで、「平均は期待値へ近づいていく」という話をしてきた。しかし、同じ期待値を持つゲームであっても、そこに至るまでの荒れ方はゲームによって大きく異なりうる。
期待値100ptという点だけを揃えた、2つの架空のゲームを考える。
・ゲームD:参加料100pt・1/6のサイコロで1の目が出たら賞金600pt(このシリーズで使ってきたゲーム)
・ゲームE:参加料100pt・1/500のクジで、当たったら賞金50,000pt
どちらも期待値はE(X)=100ptで完全に同じである。しかし、ゲームDは6回に1回当たりが起こるのに対し、ゲームEは500回に1回しか当たりが起こらない。同じ100回プレイした時点でも、ゲームDの結果は0pt〜数千pt程度に収まりやすいのに対し、ゲームEは長い間0ptが続き、まれに一度だけ50,000ptになる、という荒れ方をする。
期待値がまったく同じでも、この2つのゲームの「ブレ方」はまるで違う。大数の法則は、どちらのゲームについても「回数を重ねれば平均は100ptに近づく」ことを保証するが、その道のりが穏やかなものになるか、荒々しいものになるかは、大数の法則の守備範囲外である。
期待値だけを見てゲームを評価しようとすると、この「ブレ方の違い」が抜け落ちてしまう。パチスロでいえば、当選確率が高く1回あたりの払い出しが小さい機種と、当選確率が低く1回で大きくまとめて払い出す機種とでは、たとえ機械割(期待値)が同じでも、実際に遊技したときの荒れ方はまるで違う。
では、このブレ方の大きさを、具体的な数値で表す方法はないのだろうか。実はこれこそが、次の記事のテーマである分散・標準偏差という考え方である。
まとめ
大数の法則とは、試行回数を重ねるほど、実際の結果の平均が傾向として期待値(μ)へ近づいていく、という法則だった。ただし、その「近づき方」は一本道ではなく、初期に生じたズレは埋め合わせによって消えるのではなく、試行回数の増加によって影響が希釈されていくだけだった。ホールでよく耳にする「凹んだ台はそろそろ当たる」という判断は、この大数の法則を根拠にすることはできない。
さらに、大数の法則が保証しているのは「平均が近づいていく」ということだけであり、何回で収束するか、どれくらいブレるか、どのような道筋をたどるかについては、何も教えてくれない。同じ期待値を持つゲームであっても、その荒れ方はゲームによってまるで違う場合がある。
次の記事では、この「ブレの大きさ」を数値で表すための考え方である、分散・標準偏差を扱う。大数の法則は「平均はどうなるか」を教えてくれる法則だった。一方、次の記事で扱う分散・標準偏差は、「どれだけブレるのか」を数値で表す考え方である。両者を理解することで、期待値だけでは見えない現実の挙動まで説明できるようになる。また、大数の法則という考え方は、この後のパチンコ理論・スロット理論の記事(トータル確率、天井期待値、ボーダー理論〔回転単価理論〕)でも、繰り返し土台として使われていくことになる。次は分散・標準偏差とは何か(準備中)に進む。